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その道は逃げ道か?それとも茨の道か?

先日ある人と面談をしていた時、不満や不安がいくつも出てきました。

不満や不安など、いわゆる「不」の部分がゼロになることは無いと考えているのですが、なぜその方はそれほどまで不満を持っているのか?もう少し詳しく引き出していくと、あることに気づきました。

今日はその気付きについてお伝えしていきます。

 

そもそも不満は何から生まれるのか?

僕の定義では「理想と現実のギャップの悪い部分」=「不満」と捉えています。

 

例えば仕事の場合、やりたい仕事があるにも関わらず、やりたくない仕事をしている(させられている)場合には、おそらく多くの人が不満を持ちます。
他にも給与面や待遇面といった衛生要因なども理想と現実のギャップがあり、悪い部分に焦点が当たると不満になります。

例えば人生の場合、大好きな人とお付き合いしたい!と思っていても、そうならなかった。
そんな時人は不満や不安な状態になっていくかと思いますが、これも理想と現実のギャップによって起こっていると考えられます。

 

で、先日のクライアントの話しになるのですが、その人はいろいろとお仕事の不満を語っていました。
待遇面やポジション、給与面や休みが取れないなど。

その上で、結局お金を貰えれば不満は無くなるかもということだったので、「いくら貰っていて、いくら欲しいの?いくらなら幸せ?」という質問をしてみました。
すると、今現在は年齢や経験などを加味しても同世代よりずっと良い給与を貰っているようでした。
そこで、僕の知っている他社や同世代の人の状況などを伝えた後に、「いくらなら幸せ?」という質問を続けてみました。

 

さて、その人はどんな反応をしたでしょうか?

そしてその後どんな心境になったでしょうか?

 

「実は給与が問題では無く、今の環境から逃げたいと感じていた」ということに気づいたのです。
給与を含めて様々な不満は、今の環境から逃げるための「後付の理由」だったのです。

 

実はその「後付の理由」には、もっと「本質的な理由」がありました。

その人には「起業したい」という夢があります。

今すぐ起業するだけの自信や技術は持っていないと考えていますが、そのための準備をしているのも事実です。

 

「実は起業したいという思いがあって、それを押し止めるためにも後付の理由、不満を言うことで自分自身を納得させている

このまま今のままでもきっと頑張っていける。
それでは気持ちのどこかに何か引っかかったまま。
さてどうする?という分かれ道に来ている。

僕にはそう写りました。

 

そういった思いがあるのであれば、「不満」は決して逃げ道としてでは無く、茨の道の入り口に立っているからこその怖れや不安の現れだと思います。
行くか退くかを決めるのも自分であり、その責任も自分。

そうそう簡単に決断できるものでもありません。
だからこそ不満や不安を吐き出すこと、そしてそれに寄り添うこと、そしてそれを逃げやダメなことと思わず、いかにして未来に繋げていくための関わりができるか?

 

以前の僕なら「不満を言うなら対案を考えろ!」というようなことを言っていたと思いますが、「何かしらの案を共に導き出す」という関わりが必要だったのだということに気づき、自分自身にもう一度問いかける、そんな学びのある時間になりました。

 

おそらく不満のひとつも(たくさんも)言うことがあると思いますが、自分自身にも、そして他人にも、その不満の本質はどこにあるのか?なんなのか?を見極めていくのも必要かもしれません。

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